ペアトレードの理論をしっかり学んだ方でも、「実際に投資してみると期待していたほどうまく行かない」という話をよく聞く。

「理論」と「実践」の乖離。ではそもそも、どうしてこのような問題が起こるのだろうか? 結論から言えば、『前提となる「理論」と「考え方」そのものが間違っているから』と考えられる。

裁定取引(アービトラージ) → 【一物一価】

異銘柄間の価格差取引(ストラドル)→ 【ニ物二価】

両者の違いをしっかり理解できていないと、思わぬ落とし穴にハマってしまうので気を付けてほしい。これから以下に述べる項目は非常に大切な概念だと思う。

ペアトレードが「両建取引のため、マーケットの変動によるβリスクを受けにくい投資方法である」ことはたしかであるが、安易に取引を実践した結果、大やけどを負わないことを切に願っている。

【一物一価と二物二価】

ペアトレードを行う多くの投資家は、ペアトレードが裁定取引(アービトラージ)であると誤解しているケースが非常に多く見受けられる

厳密に言えば、ペアトレードは裁定取引ではない。両者は似て非なるもの、そもそも取引の前提条件は全く異なるものである(もっとも「裁定取引」という言い方のほうがわかりやすいので、私も混同して使うことがあるが、両者の違いはしっかり理解しておいてほしい)。

裁定取引(アービトラージ)→ 【一物一価】

経済学における概念で、「自由な市場経済において同一の市場の同一時点における同一の商品は同一の価格である」という理論が成り立つという経験則がある。これを、「一物一価の法則」と言う。
LawOfOnePrice
ところが、上記のような同一の性質を持つ
2つの商品の間であっても、需要と供給の不一致などにより価格が乖離することがある(一物二価の状態)[1]。このような場合、割安な商品を買い建て、割高な商品を売り建てることにより、理論上リスクなしに収益を確定させることができる。 つまり、「①一物一価の商品」であっても、需給の不一致等により「②価格が乖離」した場合、「③理論価格に近づき、価格差が収斂」していくことによって、「④割高・割安な状態が解消」された場合に、「⑤反対売買を行なうことによって理論上リスクなしに収益化する」ことができるという理論である。なお、「⑥同一商品同士の両建て取引となるため、マーケットの変動によるβリスクを完全に排除できる」という特徴がある。 上記①~⑥が「裁定取引(アービトラージ)」のメカニズムである。

異銘柄間の価格差取引(ストラドル)→ 【ニ物二価】

2つの異なる確率変数の間の相関関係(連動性)を示す統計学的手法に「相関分析」がある(【相関分析と相関係数】参照)。上記の1-1.で述べた「裁定取引(アービトラージ)」は相関係数が理論上は1.0の値となる(-1.0になる取引もあるが、私自身は取引経験がない)。 これに対して、ここで説明しているペアトレード、すなわち「異銘柄間の価格差取引(ストラドル)」は相関係数が1.0にはならない。そのため、相関係数が「0~+0.99…」(正確に言えば「-0.99…~+0.99…」)の範囲内にある銘柄ペアを同時に両建して取引することになる。 言い換えれば、一物一価の価格差を取引対象とする「裁定取引(アービトラージ)」に対して、「異銘柄間の価格差取引(ストラドル)」はニ物二価の価格差を収益源とする取引形態となる。多くの投資家が認識しているペアトレードは、裁定取引(アービトラージ)とマーケットニュートラルを根底とした考え方は一緒であるが、両者が決定的に異なる点は、「異なる商品同士の組み合わせのため、価格差が必ず収斂するわけではない」ということである。 あくまでも「相関の高さ」を担保とした確率論の取引にすぎないため、価格差が収斂するという保証はどこにも存在しない(【ペアトレードの本質1.2.参照)。

つまり、「①ニ物二価」の異なる商品であっても、「②高い相関関係(強い連動性)」を担保とすることにより、「③過去一定期間の平均乖離幅からさらに乖離」した場合、確率・統計上は「④過去一定期間の平均乖離幅に近づき、価格差が収斂」していくことを期待することができるため、「④反対売買を行なうことによって比較的リスクなしに収益化する」ことができるという理論である。

なお、「⑤両建て取引によりマーケットの変動リスク(βリスク)を受けにくい」という特徴がある。 上記①~⑤が「異銘柄間の価格差取引(ストラドル)」のメカニズムである。

裁定取引(アービトラージ)と異銘柄間の価格差取引(ストラドル)の違い

復習を兼ねて、両者の違いをまとめておきたい。

・裁定取引(アービトラージ)

「①一物一価の商品」であっても、「②価格が乖離」した場合、「③理論価格に近づき、価格差が収斂」していくことによって、「④割高・割安な状態が解消」された場合に、「⑤反対売買を行なうことによって理論上リスクなしに収益化する」ことができる。なお、「⑥同一商品同士の両建て取引となるため、マーケットの変動によるβリスクを完全に排除できる」という特徴がある。

・異銘柄間の価格差取引(ストラドル)

「①ニ物二価」の異なる商品であっても、「②高い相関関係(強い連動性)」を担保とすることにより、「③過去一定期間の平均乖離幅からさらに乖離」した場合、確率・統計上は「④過去一定期間の平均乖離幅に近づき、価格差が収斂」していくことを期待することができるため、「④反対売買を行なうことによって比較的リスクなしに収益化する」ことができる。なお、「⑤両建て取引によりマーケットの変動リスク(βリスク)を受けにくい」という特徴がある。

ペアトレードが失敗するケースとしては、裁定取引(アービトラージ)との前提条件がそもそも違う点を認識できていないため、「価格差が高確率で収斂することを期待して資金の全額あるいはハイレバレッジで投資した結果、又裂きに遭ってしまい、証拠金が維持できずにロスカットせざるを得ない」ケースが多いように思う。また、「十分に銘柄を分散せずに、11の銘柄ペアにかなりの比率で投資した結果、個別銘柄の変動リスクに対処しきれず、ポートフォリオ全体が巨額の損失になってしまった」ケースが多いように思う。これは、何も個人投資家に限った話ではなく、ペアトレード(ロングショート)戦略を多用するヘッジファンドについても同様のことが言える。「ペアトレードはヘッジファンドが行っているから信頼できる投資方法である」。 この解釈は「正解」であると同時に「不正解」でもあるだろう。ヘッジファンドと聞くと、何だかボロ儲けしているイメージがあるが、実態はその多くが数年以内に廃業に追い込まれているという事実があることをご存じだろうか?破綻の原因としては、高いレバレッジをかけすぎて又裂き現象に耐えきれず、莫大な含み損を出してしまったケースが多いと聞く。裁定取引(アービトラージ)では35倍くらいのレバレッジをかけているヘッジファンドもあるようだが、ペアトレード(≒ロングショート)でレバレッジをかけて運用を行っているヘッジファンドは破綻する傾向が多いように見受けられる。ペアトレードはシンプルな投資方法であるがゆえに、アマチュアもプロも大差はないと考えている。
結局のところ、資金管理が十分にできていなければ、「片張り投資」も「両建て投資」もリスクはあまり変わらないと思う。金融取引で継続的に利益を上げ続けることは決して簡単なことではない、安易に取引して大やけどを負わないようくれぐれも注意してほしい。

[1] 裁定取引(アービトラージ)の例として以下の2点を例に説明したい。

①「株価指数」と「ETF(連動型上場投資信託)」の乖離について

TOPIXや日経225などの株価指数の取引において、「株価指数」と「ETF(連動型上場投資信託)」との価格差が一定水準以上に乖離することがある。両者の間で乖離が起こる理由は、「トラッキングエラー(Tracking Error)」によって値動きにズレが生じてしまうことが原因である。トラッキングエラーとは、簡単に言えば、株価指数と同様な値動きをするように作ったバスケット(ポートフォリオ)がヒストリカルデータを元に設計されているために、実際の株価指数との間に値動きのズレが生じてしまう現象である(参考【トラッキングエラー】)。このような場合、価格差の収斂を期待して、先物市場と現物市場の間で割高な商品を売り建て、割安な商品を買い付けることにより、割高・割安な状態が解消された場合に、反対売買を行って決済すれば、理論上リスクなしに収益化することができる(実際には株価指数には先物を使う)。「先物」が割高で、「ETF」が割安の場合、「先物売り+ETF買い」の執行を同時に行うことにより、両者の価格差が期待利益となる。反対に、「先物」が割安で、「ETF」が割高の場合、「先物買い+ETF売り」の執行を同時に行うことにより、両者の価格差が期待利益となる。なお、現物価格となる株価指数(INDEX指数)は、個人投資家がバスケット注文で発注しようとすると莫大な資金が必要となるため、上記のような取引には「TOPIX連動型上場投資信託(銘柄コード:1306)」、「日経225連動型上場投資信託(銘柄コード:1321)」などのETFを活用すれば、比較的投資が容易である。※なお、私の使っている業務端末でも、相関係数1.0で抽出するとETF同士の任意組み合わせも多数表示される(パラメータを四捨五入しているため)。期待利益は50円程度で少ないようだが、「①終日終値で価格差が乖離した翌日に、寄り付き指値注文で執行がうまく通り」、「②終日終値で価格差が収斂した翌日に、寄り付き指値注文で反対決済がうまく通れば」、確実に利益になる。ただし、手数料を差し引くとたいして儲からないが。

②「先物価格」と「先物価格+オプション価格」の乖離について

TOPIX先物や日経225先物などの先物市場において、「先物価格」と「合成先物価格(オプション価格)」との価格差が一定水準以上に乖離することがある。代表的な取引手法としては、先物とオプションを組み合わせた「コンバージョン戦略」「リバーサル戦略」がある(詳しくはマネックスラウンジ【裁定取引(コンバージョンとリバーサル)】参照)。コンバージョン戦略は、「(合成先物価格)-(先物価格)」のスプレッドを取りに行くトレード手法のことを言う。「合成先物価格」が割高で、「先物価格」が割安の場合、「先物買い+(コール買い+プット売り)」 の執行を同時に行うことにより、両者の価格差が期待利益となる。リバーサル戦略は、「(先物価格)-(合成先物価格)」のスプレッドを取りに行くトレード手法のことを言う。反対に、「先物価格」が割高で「合成先物価格」が割安の場合、「先物売り+(プット買い+コール売り)」の執行を同時に行うことにより、両者の価格差が期待利益となる。上記のようなケースの場合、拡大した価格差のポジションは、当該限月のSQ(清算日)まで持ち続ければ「必ず」収斂する(もちろん途中で決済してもOKである)。

上記2点が価格裁定(アービトラージ)のイメージである。統計学的に表現すれば、相関係数は1.0となり、β値は1.0となるため市場変動によるβリスクを完全に排除でき、αのみを追求する裁定行為が可能となる。この取引は100%確実に成功する。もっとも、「①価格が乖離した段階で注文を執行させる」ことができ、「②どれだけ価格差が乖離しても証拠金不足に陥らないくらいの資金」が用意できるならば 

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